陸軍が河本大作大佐に命じ、中国人に機密費を渡して 張作霖が乗った列車を 爆破しました。
天皇は田中義一総理を呼び寄せて、事件をきちんと調べるように命じました。
河本大作は軍法会議にかけられるなら、 関東軍だけでなく東京の参謀本部も関わっていたことをすべて暴露すると語りました。
陸軍から圧力がかかった 田中義一総理は、天皇に「 これは陸軍がやったのではありません 。陸軍とは一切関係のない話であります」と報告しました。
天皇は唖然としました。
「 これで済むと思うのか、お前はやめるように」と告げました。
これが原因だったのか、 9月に田中義一は亡くなりました。
天皇は 自分の 意見を言ったばっかりに内閣がひっくり返り、しかも総理大臣がまもなく亡くなったということを 反省します。
そして、それ以降 内閣や軍部が一致して決めたことにノーは言わない、余計な発言もしないという立場をとったのです。
天皇は君臨すれども統治せず
天皇は象徴 、これが立憲君主国の君主のあり方だと考えたのです。